「……花々里(かがり)。それはビキニとはまた別の意味で危険だし、下手するとすごく背徳的だからやめた方がいいと思うぞ。あと……モジモジするのもやめておけ」
って。
え!? 別の意味って何!? 名入りはそんなにマズイですか? そりゃあもちろん恥ずかしいですけど……背徳的って言うのは違うと思うんですけど。
「名前があったら背徳的なんですか?」
何となく納得がいかなくてそう問いかけたら、「いや、そこではなくスク……」と言いかけて、「いや、いい」ってやめるの。
もう、何なの!? すっごく気になるんですけど!?
あ! さてはスクール水着みたいにダサいのにゼッケンは壊滅的にダメだって言おうとした!?
むぅー。
なんかモヤモヤするっ!かくなる上はこの夏、可愛い水着を新調してこの男に見せつけてやろうじゃない! それで悩殺できてギャフンと言わせられたらめちゃくちゃ嬉しい!
あ、でもお金ないから可愛い水着を買うとか無理だった……。
この家での家事代行業務は住まわせてもらう対価だからお給金は要求できないし。
他のバイトもここでこき使われるとなると、続けるのは厳しそう。
自由になるお金なんて、夢のまた夢ね。
そこまで考えてから、ハッとする。
わ、私ってば男の人に水着姿を見せつけたいとか、何て恥ずかしいこと考えてるの!
そりゃ、頼綱(よりつな)坊ちゃま(腹立たしいので心の中でくらいはそう呼んでやるの!)に、挑発に乗りやすくて〝ちょろい〟と言われてしまうわけです……。
*** 「ひとつ提案なんだけどね、花々里。水着よりこちらが用意した浴衣を、濡れてもいい前提で使うと言うのはどうだろう?」言われて、それは名案だって思ったの。
だってね、背中を流すことが目的とはいえ、男の人の前で水着姿になってお風呂場にふたりきり、というのは、考えてみると結構恥ずかしいシチュエーションかもしれないもの。
「ご、ご迷惑でないなら」
それでも一応居候の身。建前として奥ゆかしくそう言ってみたら、
「迷惑だって言ったら裸で背中を流してくれるのかい?」 とか。水着を通り越して裸とか……。この人、馬鹿なんですかね?
その場合は私の手持ちのほかの服に決まっているでしょう!真っ赤になって口をパクパクさせたら、「金魚みたいで可愛いね」って頭を撫でられた。
ワンコの次は金魚って……。
私はご主人様のペットではありません!どうやらタチの悪い揶揄われ方をしたみたいです!
*** ここは銭湯ですか?と思うような広い脱衣所。 私が把握している限りでは、このお屋敷には坊っちゃまと、八千代さんと私の3人しかいないはずなのに。 脱いだ服を入れておける作り付けらしき棚が壁の一面を占拠していて、ざっと見ただけでも20人分は服がストックできてしまえそう。その棚の上段のほうに浴衣が収められているらしく、頼綱……が背の届かない私の代わりに「どうぞ」と下ろしてくれた。
「ありがとう……」
そわそわしながら受け取ったら、「先に入っているから着替えたらおいで」と言われて――。
「やっ、ちょっ、待っ……!」
目の前で何の躊躇いもなく服を脱ぎ始めてしまう頼綱に、私は慌てて後ろを向いた。
「そんなに照れなくても……。花々里は今から俺の背中を流してくれるんだろう? これしきで恥ずかしがっていたらとてもじゃないけど……」
途中まで言って、意味深に言葉を止める彼に、「とてもじゃないけど何!?」って心臓がバクバクする。
頼綱……がどこまで脱いでいるのか分からなくて、私は振り返ることもできずに顔を覆って硬直したまんま。
*** 「ひゃっ!」そんな無防備な私を、背後からいきなりギュッと抱きしめてくるとか!
な、な、な、な……何の嫌がらせですか!?
シフォン素材のブラウス越しに感じる、割としっかりとしたぬくもり。
こ、これはもしかして坊っちゃま、上、すでに裸だったりしますっ!?とソワソワする。
「ごめんね。照れて固まった後ろ姿があんまり可愛かったからつい」ついじゃないわよ、エッチ!
まるでその様を楽しむ様にククッと喉の奥で笑いをもらしながら、
「けど、下はまだ履いてるから安心して?」 と私の耳元。耳朶に息を吹き込むみたいに低い声音でポツンとつぶやかれて、私は思わずビクッと跳ねた。「まっ、」
思わず真っ赤になりながら……。「ま?」
繰り返されるのほほんとした彼のおうむ返しに憤りを覚えた私は、半ばキレ気味に叫ぶ。「真っ裸だったら訴えてますっ! この、バカ頼綱ぁーっ!」
初めて――。そう、本当に初めて!美味しいものはたんとくれるけれど、まったくもって食えないこの男のことを、アッサリと「頼綱」って呼ぶことが出来た。
〝バカ〟はついていたけれど。
でもおかげで「頼綱」呼びの自信がつきました!
「……花々里(かがり)。それはビキニとはまた別の意味で危険だし、下手するとすごく背徳的だからやめた方がいいと思うぞ。あと……モジモジするのもやめておけ」 って。 え!? 別の意味って何!? 名入りはそんなにマズイですか? そりゃあもちろん恥ずかしいですけど……背徳的って言うのは違うと思うんですけど。「名前があったら背徳的なんですか?」 何となく納得がいかなくてそう問いかけたら、「いや、そこではなくスク……」と言いかけて、「いや、いい」ってやめるの。 もう、何なの!? すっごく気になるんですけど!? あ! さてはスクール水着みたいにダサいのにゼッケンは壊滅的にダメだって言おうとした!? むぅー。 なんかモヤモヤするっ! かくなる上はこの夏、可愛い水着を新調してこの男に見せつけてやろうじゃない! それで悩殺できてギャフンと言わせられたらめちゃくちゃ嬉しい! あ、でもお金ないから可愛い水着を買うとか無理だった……。 この家での家事代行業務は住まわせてもらう対価だからお給金は要求できないし。 他のバイトもここでこき使われるとなると、続けるのは厳しそう。 自由になるお金なんて、夢のまた夢ね。 そこまで考えてから、ハッとする。 わ、私ってば男の人に水着姿を見せつけたいとか、何て恥ずかしいこと考えてるの! そりゃ、頼綱(よりつな)坊ちゃま(腹立たしいので心の中でくらいはそう呼んでやるの!)に、挑発に乗りやすくて〝ちょろい〟と言われてしまうわけです……。***「ひとつ提案なんだけどね、花々里。水着よりこちらが用意した浴衣を、濡れてもいい前提で使うと言うのはどうだろう?」 言われて、それは名案だって思ったの。 だってね、背中
「着替えはすぐに出せそうかい?」 にっこり微笑まれて、私は「ひっ」とカエルの潰れたような声を出す。「あ、あのっ、さっきの〝ん……〟は、〝はい〟ではないので、その、このまま一緒に……はさすがに承服できませんっ!」 苦し紛れにそう言ったらクスッと笑われた。「メイドが主人の背中を流すのはよくあることだよ? 知らないのかい?」 至極当然みたいにそう言い切られて、私は自分が世間知らずなだけなの!?とドキドキする。 そこで追い討ちをかけるみたいに、くだんのご主人様から「そうそう。時に職名なんだけどね、家政婦というのは通いの家事代行人のことを言うんだよ。花々里(かがり)や八千代さんのように住み込みでそういうことをする人のことはメイドと呼ぶのが一般的だ。だからキミと八千代さんはメイドさんだね」とかどうでもいいうんちくを聞かされてますます混乱する。 おまけにメイドさん、という言葉に「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ〜♥」とにこやかに微笑む可愛いメイド服の女の子が思い浮かんできてソワソワしてしまった。 メイドさんとか何だか響きがエッチな感じがするので家政婦さんの方がっ!とか言いたくなったのは、やはり私が俗世の変な知識に毒されてるからですか? 私もあのひらひらフリフリの服、着せられたりしませんよね? 八千代さんは和装に白の割烹着だった。私も普段着にシンプルなエプロンとかでいい。いや、むしろシンプルなフリルなしエプロンとかがいいっ! 仕事着問題に悩む頭で、さらに不毛な思考は続く。 だって私の前には、服装よりも何よりもお風呂問題が横たわっているんだものっ。 思い起こしてみれば、さっきこの人、私に「背中を流してもらおうか?」って言い方しなかったよね? 絶対「お風呂行こうか?」だった! もしかして「お風呂行こうか?」って言い回しは、世間的には「背中を流してくれ」と同義だったりする? もしそうだとしたら、勝手に混浴のお誘いだと勘違いした私ってば、めっちゃ恥ずかしくない!? 考えが
「承知いたしました。では頼綱(よりつな)、――さん」「さんも要らない」 ですよねぇぇぇ。 そこは妻候補じゃないから譲歩してくれるかと思ったけれど無理だったみたいです。 でも、家政婦に主人を呼び捨てにさせるって、絶対おかしいと思うんですけどね? 現に八千代さんは御神本(みきもと)さんのことを「頼綱坊っちゃま」とかちょっぴりぞわぞわする呼び方で呼んでる。 いっそ私も「頼綱坊っちゃま」って呼んじゃおうかしら? ふふふ。 思わず顔がにやけてしまって、「いま花々里(かがり)が何を考えているか大体分かるけど、却下だからね?」 またしても先手を打たれてしまいました。 何なのっ! 基本的に私の気持ちなんてお構いなしに斜め上のことばかりしてくるくせに、こう言う時だけズバズバ私の考えを当ててきて。 忌々しいったらありゃしない! 結局私は雇い主命令と言う形で「頼綱呼び」を強要されることになりました。 が、頑張って呼べるようになろうと思いますっ!***「じゃあ、基本的な家事は今まで通り八千代さんにやってもらって、花々里は学校へ行くまでの空き時間と、帰ってきてから眠るまでに主体を置いて動いてみることにしようか。役割分担については八千代さんの方が色々思うことがあるだろうし、彼女と話し合って擦り合わせていくんで構わないかな?」 御神本さん……じゃなくて……、よ、頼綱に聞かれて、八千代さんが「結構でございます」とお辞儀する。 私も右も左も分からないことなので、八千代さんに采配を振るってもらえたらすごく助かるなって思って、「よろしくお願いします」と頭を下げた。「そ、それで……あの……よ、りつなっ。その胸ポケットの婚姻届なんだけど……」 出来れば回収したい。 そう思ったんだけど、さすがにそれは許してはもらえなくて
「でも――。結婚の話はしばらく保留でお願いします!」 キリッとした顔で言ったら、至極残念そうな顔をされて。「花々里(かがり)は本当に強情だね……」 ってつぶやくの。 そんなの当たり前ですっ。 結婚って言ったら人生の一大事ですよ? どこの馬の骨かは分かっていても、その馬の骨が美味しいとは限らないじゃないですかっ。 いや、今のところめちゃくちゃ美味しいんですけどそれとこれとは話が別でっ。 さらに何か言いたそうに御神本さんが口を開きかけたのを遮るように、「私、ここに置いていただくなら条件が――」って続けようとしたら、扉の外から声がかかった。 その声に思わず息を飲むようにして言葉を止めたら、外の声が続けてきたの。「お取り込み中のところ失礼いたします。――頼綱(よりつな)坊っちゃま、お風呂とお床の準備が整いましてございます」 あっ! この声。八千代さんだ! 和室を散らかしっぱなしにしてきたこと、謝らないと。 ドアがほんの少し開いていて、でも八千代さんの姿はほとんど見えないぐらいの細い隙間からの声。「ああ、ありがとう」 御神本(みきもと)さんはそんなのには慣れっこなのか、さして気にした風もなくお礼を言って。 八千代さんもその声を受けるとすぐに、「では」とそのまま薄く開かれていた扉を閉ざして行ってしまう。 その一連の様子に、私はひとり慌てた。「あ、あのっ」 まろぶように数歩前に出て扉を大きく開けると、廊下を歩み去っていく八千代さんの後ろ姿に声をかけて呼び止める。「はい?」 怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる八千代さんへ、「和室っ、散らかしたままにしてすみませんでした! 今度からちゃんと片しますので、お盆とかそのまま置いといて頂けたら助かります。それとっ。もしご迷惑でなければ……明日の朝ごはんの支度、私にも手伝わせてくださいっ!」 たけのこの鶏そぼろあんかけ煮も朝食に加えたいのですっ
「お皿、片さなきゃ」 ここはお店ではない。 生活感を感じさせないとっても立派な和室で失念しそうになったけれど、それでもここは確かに人が生活しておられるお家なのだ。 食べっぱなしでお皿を下げないとか、ダメでしょう! 言って、座卓の上に散らかったままの茶器やお皿を手に取ろうとして戸惑う。 あたりをキョロキョロと見回してみたけれど、お盆がないの。 さすがに私一人でこれだけのものを素手で一気に、は無理。 だからって男性にそれをさせるのはどうなのかな?って思いもあって。「あの、お盆は?」 困り顔で御神本(みきもと)さんを見つめてそう言ったらキョトンとされてしまった。「食べたまま放置はよくないです。アリンコ来ちゃいますよ!?」 お茶はともかく、あの羊羹(ようかん)は上品な甘さでとっても美味しかったものっ。「私がアリでもお皿舐めたくなります!」 アリにベロがあるかどうかは別として! 真剣な顔で力説したら、ややして小さく吹き出されてしまう。「わ、笑い事じゃありません!」 あ! お金持ちのお家は機密性が高くてアリが入ってくる隙間とかないの!? だからアリが来ちゃうなんて、庶民的発想だって笑われた!?「もしかして……御神本家にはアリンコ、入ってこられないんですか?」 恐る恐る聞いたら、更に笑われてしまって。「そんなことはないさ。――やっぱり花々里(かがり)は言うことがすごく可愛いね。それに……とても奇想天外でユニークだ」 言って、思い出したようにさらにひとしきり笑ってから、「――すまない。こういうのはいつも八千代さんが片付けてくれてるから、自分でやらないとって感覚が備わっていなかった」 「八千代さん」はきっと、さっきお茶と羊羹を運んできてくださった年配の女性のことだ。 そう思っていたら、すぐ横に立つ御神本さんに優しく頭を撫でられて――。「村陰(むらかげ)さんは、キミを本当にいいお嬢さんに育ててくださったね。感謝しないと」 何故かうっとりする御神本さんに、今度は私がキョトンとする番だったの。 いやいやいや。 アリンコはともかくとして、食べたものを下げる、は普通の感覚ですからね!? 何も私が特別と言うわけではありません。 それに――。「もう21時過ぎてるんですよ? 八千代さんは……一体何時から働いていらっしゃるんですか?」 思
「今、花々里(かがり)は絶対変なことを考えているよね?」 言われて「お、親亀の背中に子亀が乗ってるのでっ」って思わず言ってしまって、今度こそ思い切り笑われてしまう。「若いのにやけに古いネタを知っているね」 言われて、「あ……」とさらに頬を染めてから「でも」と思う。「み、御神本(みきもと)さんこそっ」 私と9つしか違わないと言うのなら、彼だってこんな昭和テイストなネタを、さも知ってるように語るのはおかしいじゃない。 私はたまたまお笑い好きの母に聞かされたことがあるだけよっ? ビジュアルが浮かびやすいからか、一度聞いただけなのに、すごく印象に残ってるの。 そう思ったんだけど。「何度も言うけどね、花々里。頼綱(よりつな)、だよ」 肝心な部分はスルーされて、呼び方の訂正をされてしまった。 依然として手は絡められたまま。 じっと見つめられたら逃げ場がないの。 なっ、なんでこんな心臓苦しいの? ふと、1日の間に2度も経験してしまったキスのことを思い出して、身体まで熱を帯びてきてしまって。「あ、あのっ」 ギュッと手を引こうとしたけれど逆に力を込めて押さえつけられてしまった。「よ、っ」 私が「よ」という言葉を発したことで、頼綱さんは名前を呼ばれると思ったかもしれない。 でも違うの! 私が気になっているのは――。「よ、羊羹が落ちてしまいますっ!」 2人の手の下。 頼綱さんが器の端を持ったままのそれが、ものすごく傾いているんだもの。 お皿の上でズルーッと羊羹が移動しているのが見えて、私は気が気じゃない。 落っこちたら大変っ! そう思って眉根を寄せたら、思い切り笑われてしまった。「花々里のだものね。ダメにしたら恨まれてしまいそうだ」 やっと私の手の上から御神本さんの手が離れてホッとする。***「――村陰(むらかげ)さんから、だよ」 スッと羊羹の載ったお皿を差し戻されて、嬉々として自分の方へ引き寄せたと同時にポツリとそうつぶやかれて。 私は理解が追いつかなくキョトンとする。「え?」 小さくつぶやいたら「亀の歌を俺に教えてくれた相手」と優しく微笑まれた。 え!? うそ! お母さんだったのっ!? もぉ、お母さんってば、どれだけあちこちで亀を乗せまくったのっ!?*** 美味しい羊羹を2切れペロリとたいらげて、ふと壁の鳩時